カテゴリ:作品( 23 )

さざ波のように

回のブログ更新から1カ月たってしまいました。
この間、作陶、二つの展示会の準備、展示、後片付けをして、子供の面倒を見たり事務処理をしていたら中々ブログにまで手が回らずにいました。
ブログを読んでくださっている方々からも沢山お声を掛けられました。時間が前後するかもしれませんが、少しづつ頭の中に溜まっているものを出していこうと思います。

さて、唐突ですが、島倉千代子の「愛のさざなみ」という曲があります。
1968年の作品。なかにし礼作詞、浜口庫之助作曲。

この世に神様が 本当にいるなら
あなたに抱かれて 私は死にたい
ああ 湖に 小舟がただひとつ
やさしく やさしく くちづけしてね
くり返す くり返す さざ波のように

久々にラジオでこの曲が流れていて、イントロがママス&パパスの「マンデー・マンデー」に似ていると思い、ネットで調べてみました。
するとやはりハマクラさんがこの曲の影響下にイントロを作り、レコーディングはLAでなされ、ドラムには「マンデー・マンデー」でも起用されたスタジオミュージシャン、ハル・ブレインが入っていたことがわかりました。



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漣向付

判明したことがなんだか嬉しくて、こんな向付をつくりました。



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なかにし礼の歌詞、二番も三番もなんかいいです。歌詞に出てくる小舟をイメージした箸置きとさざ波から想起されるアサリを菜の花のおひたしに合わせてみました。
だから何?と言われるとそれまでですが。。。



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お千代さんの儚げな声に癒されます。ジャケもサイケで時代を感じます。


桑名正博のエロさ、少しでもお裾分けしてもらいたい(笑)





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by tou-kasho | 2018-04-23 01:00 | 作品

ボーダーレスなやつら

前の投稿にも書きましたが、チョスンサジャという冥界の使者が朝鮮の民間信仰に登場します。民間信仰ゆえ複数の美術館の学芸員の方々にお聞きしましたが資料は少なかったです。西洋に登場する「Reaper」のような鎌を持った姿に人が震え上がる、という死神ではなく、古典落語に登場するようなもっと此岸に寄り添った存在なのではないかと期待を込めて解釈しています。

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朝鮮の木偶をモチーフに、半身のみの懸陶俑にしてみました。前半身は此岸に後半身は彼岸に。そのボーダーを容易く超越する姿にどこか救われた気分になります。

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天も作ってみました。栩栩然(くくぜん。ひらひらと自由に、愉快に飛ぶさま)という言葉が思い浮かびます。


インフルエンザで病床に臥している間、飛天やらチョスンサジャやら、夢と現の境あたりで遊んでいる存在に心を馳せていました。



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by tou-kasho | 2018-03-20 02:46 | 作品

KOMAINU FIVE

学が箱根駅伝で4連覇を果たしました。

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狛犬型香合

優勝を祝し、往路での逆転優勝を演出した5人に準えて狛犬の香合5つを飾ってみました。

今年の作戦名は「ハーモニー大作戦」。

突出したエースがいなかったので、監督の采配と各選手の調和が大事だったようです。この香合たちも5つ並べることで互いが呼応しあい、予想しなかったハーモニーを見せてくれました。

食と器、茶と器、酒と器、作り手と売り手と買い手。。。。この一年、そんなハーモニーを演出出来る機会を沢山作っていきたいと思います。







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by tou-kasho | 2018-01-06 01:20 | 作品

京傳鼻で笑う

年ほど前、くずし字に親しもうと思い図書館でふと江戸戯作文学である黄表紙を手にしました
江戸時代の大人向けの絵本、といった所でしょうか。最初に読んだのは山東京伝の「江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)」。団子鼻の主人公、艶二郎が自分は沢山の女に焼き餅を焼かれる色男だと世間に思い込ませるため、金持ちなのを良いことに大枚をはたいて涙ぐましい数々の画策を打つ、という話でした。
くだらないけれど愛おしく、またその発想の素晴らしさに引き込まれてしまい、すっかり山東京伝のファンになってしまいました。また、挿絵は当時の器が生活にどのように溶け込んでいたのかを知る貴重な資料でもありました。

の縁の妙は人生が長くなればなるほど一層感じるもので、今年知人の紹介で食べに行った祇園の食たくかとうさんでご主人と話していたところ、奥様が山東京伝研究の研究者・有澤知世さんということが判明しました。ちょうど前述の艶二郎の団子鼻(京伝鼻と呼ばれている)をモチーフに器を作ろうと思っていた頃で、後日本人とお目文字叶い、おすすめの京伝の著書やくずし字のアプリを教えていただいたりしました。
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見栄っ張りな放蕩息子・艶二郎
いつの時代もおバカは変わらない。

11月のしぶや黒田陶苑での個展では「京傳鼻盃」を発表することができ、思いの外ご好評を賜り完売となりました。
完売後有澤先生がご来廊され、お見せすることはできませんでしたが京傳鼻盃完成のご報告をすると大変喜んで下さいました。
後日、資料と共にお手紙を送って下さり、京伝の晩年の作「気替而戯作問答」の中でその鼻が飛んでいってしまうことを教えて下さいました。なんともシュールな京伝ワールド。京伝の他の作品も現代のギャグ・ナンセンス漫画にも通ずる奇天烈な世界が展開されるものが沢山あり、今後も時間を作って読み続けていこうと思います。
そしてまた、京伝をモチーフにした作品を作ってみようと思います。

有澤先生、ありがとうございました!!

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「気替而戯作問答」と京傳鼻盃
奇しくも今年はこの作品の出版200周年でした。挿絵は歌川豊國。

飛んでいった鼻は200年の時空を超えて現代に盃となって現れたのでした(笑)

鼻で笑いながら酒を楽しんで頂ければ、という気持ちで作りました。





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by tou-kasho | 2017-12-12 22:59 | 作品

岡目八目

引先の方から先日納品した斑片口盃の写真が送られてきました。曰く、「ひよこサブレに見える」と。
当たり前といえば当たり前ですが、器から受け取る印象やメッセージは十人十色で、自分と異なる世界が見えているこの方に軽い嫉妬を覚えました。
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斑片口盃

覧会である茶碗を鑑賞し、また違う機会に同じ茶碗を見ると全く異なる印象を受けることが多々あります。それは自分の意識、知識、感情といった内的なことと照明や季節、時間のような外的な要因でも大きく変化します。一番良いと思っていた茶碗がそうでもなくなったりします。そんな風なのでいつまでも自分の美意識にシャイです。


今目の前に見ている対象は一体何なのでしょう?




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by tou-kasho | 2017-08-03 15:56 | 作品

ぼぶら徳利

前、煎茶道具の湯沸かしをボーフラと呼び、ポルトガル語のabobora(かぼちゃ)が語源、という話を書きました。
さらに隣人が、「カボチャのことをこの辺では”ぼぶら”と呼ぶんで」
と教えて下さり、南蛮渡来の文化の息吹が途絶えていないことに心打たれたものでした。

かつてはキリシタン大名・大友宗麟の領地だった国東で、南蛮をテーマに作品をつくるのも面白いのかもしれない。
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               斑ぼぶら徳利
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by tou-kasho | 2016-03-19 03:29 | 作品

ひよどり

所に古民家を借り始めた方が訪ねて来られた。神奈川在住のハンターで、猟期だけその仮住まいで過ごされている。今は蜜柑畑などに来るヒヨドリを空気銃で追われているそうだ。いくら高性能なスコープが備わっていようとも、その小さく俊敏な獲物を射貫くには研ぎ澄まされた感覚と集中力が必要に違いない。
家の中に招くと、玄関をくぐり、縁側にまとめて置いてあった器のひとつひとつに目を凝らされていた。

すると、突然「あっ、鳥がいる!」と声を上げられた。
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促されるまま酒盃のひとつの見込みをのぞき込むと確かに鳥がいた。

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私は自分でそのことに気付けず口惜しかったのと同時にハンターの獲物を察知する能力に驚愕した。されど見込みに逃げ込まれると流石のハンターもお手上げだ。

かくして「ひよどり」という名の酒盃が誕生した。

前回の「鵲の橋」、その前には「さえずり」という銘を酒器に付けており、鳥三部作となった。
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by tou-kasho | 2016-02-16 22:46 | 作品

昨日と明日に架ける橋

の徳利の箱書きに「鵲(かささぎ)の橋」という銘を入れるようお客様より依頼があった。
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斑徳利 「鵲の橋」


鵲の橋とは七夕の夜、牽牛・織女の二星が会うとき、鵲が翼を並べて天の川に渡すという想像上の橋のことだそうだ。短歌の世界にもしばしば登場する。

釉の掛け外し部分を地と見立て、残りの部分を天とし、将来的に使い込まれ、浮き出るであろう青の斑点を星と見なすそうだ。つまり釉の白色を脳内で夜空に反転させるだけでなく、まだ見ぬ未来の星にまで想いを馳せておられるのだ。もしくは満天の星明かりは夜空の闇を輝きで塗り潰しているのかもしれない。

「鵲の橋」は現在と未来の光景への文字通り橋渡しとなるだけでない。藁灰を釉薬に用いるという技法が北朝鮮から唐津を経由し、大分にまで辿り着いた来し方をも繋いでいるともいえる。

銘はモノを見るとき主観の妨げとなる可能性もあるが、その銘を付けた人の心象風景とつながり、そのモノの新たな側面を垣間見る面白さもある。
いずれにせよ、この徳利における対話がこのお客様と私を繋ぐ橋となったことは言を俟たない。
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by tou-kasho | 2016-02-12 00:24 | 作品

申樂盃

の神酒は 我が神酒ならず 倭成す 大物主の 醸みし神酒 幾久 幾久
                                          高橋活日命


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申樂盃なるものを作りました。風姿花伝に申樂とは神楽を意味するとあり、「神楽」は「神座」(かむくら・かみくら)が転じ「神の宿るところ」を意味するそうです。

新年を神酒で言祝ぐめでたさよ。

奈良の酒造りの人、イクヒが上の句を詠んだのも丙申だったとか。
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by tou-kasho | 2016-01-13 02:34 | 作品

月暈盃

走22日に窯焚きをしました。新しい土と新しい釉薬。新しい試みを窯の中に詰め込んでの点火はいつだって月面着陸を夢見たアポロ計画のような期待度で胸が膨らむのであります。

今回の窯出しに特別期待感が高かったのには二つ理由がありました。

一つは土と釉薬の相性について普段より時間を掛けて考え、準備できたこと。

そしてもう一つは、窯焚き中の夜空に月暈(げつうん)を見たことでした。

私はそれが薄雲の細かい氷の結晶が月光を反射して夜空に月の輪を描き出す幻想的な現象だということを終ぞ知らずに生きてきました。
調べてみると、それは吉兆と言われていることも知りました。

そんなわけで今回は何かあるんじゃないかとワクワクしながら器を取り出してみると、、、
青白色の澱が見込みに環状の景色を作り、まさに月暈を想起させる盃が採れました。

このような釉調の器は初めてで、酒映りも良く、月暈がこの器をもたらしたとしか言いようがありません。

明日は今年最後の満月。満月の聖夜にこの盃で水月を掬いながら聞し召そうかと思います。

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by tou-kasho | 2015-12-24 23:34 | 作品